タケル・イダイヤの冒険

とにかく感想

リアルワールド(作:桐野夏生)の感想

「確かに、人の死には軽重があった」「テラウチの自殺は、ものすごい力で、あたしの心の中にあったものを強固にしたり、空っぽにした。」 言い得て妙、トシちゃんにとってテラウチは恐らく人生で最も重要な存在だったのだろう。 テラウチが最終盤に死んでしまったことでトシちゃんのその後の心の動きはあっさりとしか描かれていないが、 私は自分にとって最も大切な存在が消えてしまったときのことを考えて、暗澹たる気持ちにしかならなかった。
人生で最も重要な存在がいなくなる、これは人生において起こりうる最悪の事態の一つであることは間違いない。

私には小説を読んでいる最中に感情移入?のし過ぎで小説から手を離す瞬間がある。それは、興奮のし過ぎで我を忘れてページを捲る瞬間 とか、驚き過ぎてこれまた小説を放り出す瞬間と並んで、物語と作者に最高の敬意を示す瞬間だ。こういう場面が「リアルワールド」では私の元を何度も訪れ、 その度私を大きく変えた。だから「リアルワールド」は私の中で最高傑作なのである。桐野夏生に「冒険の国」で出逢い、「今後より進化していくであろう彼女 の物語を想像」したことはやはり間違っていなかった。

「私は唇を尖らせて拗ねた顔をした。男の前で媚びる私。なんとか手玉に取りたいけど、オトコと会ってる時の私は受け身になる。」これは衝撃である。 感情には千差万別あるが、かつて私がこの感情を抱いたことは一度もない。
しかし、だからと言って、この感情に対して全くの無知と言うわけではない。 つまり、私はこの感情の存在に衝撃を受けたのではなく、ある種のタブーのように思われるそれが、堂々と大胆に詳らかにされていることに 衝撃を受けたのである。
また、主役パートが始まって10ページ足らずで、既にキラリンに好意を抱いてしまっている自分と、それを可能にする作者の文才に唯々感嘆していた。 この一文は、私を変えた。
しかし、どのように変わったのかは分からない。変わったということには、大抵後から気がつくもので、その瞬間には分からない。 しかし、恐らくキラリンは私を変えたのである。

ということで、話題を本作最大の課題(私にとっての)に移す。それは、トシちゃん、ユウザン、ミミズ、キラリンと来て最後に残ったラスボス的存在、 テラウチである。彼女はその他の登場人物たちのミミズへの扱いを心配&傍観(トシちゃん)、[同情(ユウザン)、幻想(キラリン)-利用]と評して 自らを批判と位置づけた。
その実は、「あたしの大好きな、ぐるぐる巡る想念がなさ過ぎるんだもの。考えることを忌避しているんだもの。 わかりやす過ぎるんだもの。そういうわかりやすさで自分の懊悩を単純化するな、と怒りを感じた。」
ラスボスだけあって測りかねるところもあるが、恐らくこれがテラウチの正体だったのではないだろうか。 「ぐるぐる巡る想念」が足りないミミズらを軽蔑し、自身はそれを突き詰めた結果自殺したテラウチ。しかし、見逃してはならないのが彼女自身は 「ぐるぐる巡る想念」を大好きであったということである。彼女がもし、その矛盾に気づくことができていたら、恐らく自殺を選ぶことは なかったのではないだろうか。それは、私自身がが「ぐるぐる巡る想念」に固執し、それを生きがいとしているような人間だからこそ、強く思うのである。

私は勝手に、この4人の中で作者が自身を最も投影したのがテラウチなのだろうと思っている。何故なら、「ぐるぐる巡る想念」の虜のような 人間でないと、こんな物語は描きようがないだろうと思うからだ。
そんな作者の体現でもある「ぐるぐる巡る想念」の対比として、 作中でこれでもかというくらい貶められているのがミミズである。彼は♂としてもキラリンに徹底的に貶められるのだが、まあそれはそれとして 「あんた、K高の落ちこぼれなんでしょう。...ユウザンの話じゃ、東大受験も諦めなきゃな、とかまだアホなこと言ってたって聞いてるよ。... 母親殺して、追われて、何が楽しいのかねー」テラウチがミミズを痛烈に非難したこの瞬間、、物語内で巧妙?に創り上げられていたミミズの幻想は 跡形もなく崩れ去った。その後は、自身がそれまで見下してきたキラリンからも、「お母さんを殺して、あたしを手なずけて、テラウチに甘えて、 お父さんを殺しに行くとか言っちゃって。自分が頭いいと思ってるんでしょう。...この世には自分中心の世界しかないと思っているんだよね。 ほんとのバーカ」と言われる始末である。
このセリフは「ぐるぐる巡る想念」を信仰する私の感情そのものでもあるから、私はテラウチがミミズと 通話したあの時点で物語は(私の中でも)決着したと言っても良いだろうと思う。しかし、一つ言えるのは、テラウチが高校生であったが故に未熟で、 だからあのような結末を辿ったように、私もまだ未熟なのだから、いつかこの物語を読み返した時にまた違った部分に 結末を持ってくることがあるのかもしれないということである。

p141 オトコと会ってる時の私は受け身になる。
p168 東大受験も諦めなきゃな、とかまだアホなこと言ってたって聞いてるよ。
p187 心配、同情、幻想、批判
p214 この世には自分中心の世界しかないと思っているんだよね。
p244 自分の懊悩を単純化するな
p263 確かに、人の死には軽重があった